本番を楽しむ
箏曲三絃の本番も雅楽の本番も、
受験でいうなら判定Dで臨む感じ。
雅楽の本番はもっぱら、アドリブ感たっぷりの祭典となる。
参列者の数、そのときのさまざまな状況から、
曲の長さは勿論、
曲を適度に途中で止めるための止め手の長さも調整する・・・一応、望ましい形があるのでそこを目指すのだ。
箏曲三絃の本番に関しては、
お客さんが近すぎない限りあまり影響はない。
でもやはりどちらの場合も必死だな。
必死ななかでも
少し余裕があると楽しくなる瞬間がある、僅かな光明ながら。
先日の結婚式の本番は久々にそういう感じだった。
技量的にはまったく素人にはちがいないのだが、
それでも、いま自分にできるいっぱいいっぱいを、
色んな道具と環境の力を借りて、
いつもよりかは出せたような感じがした。
何がそうなるのかは全くわからない。
自分の体調なのか、
気温や湿度のせいなのか、
はたまたメンバー構成なのか・・・
常に状態が移り変わる有機体を乗り物にして生きる自分たちは、
その恒常性をいかにバランスよく保つかによって、
ほんの一面的なそのときの状態の善し悪しを発露させる。
それでも全体性のなかでのほんの一面なのだが。