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カンパリみかん

絵画と音楽とホメオパシーとBBSH(放課後)をつらつらと。基本は酔いどれ日記。

杣山

箏曲三絃(京地歌)部

松阪検校作曲

新曲

平調子→中空調子

越の国 杣山おろし吹雪して 野山も分かぬ只仲に

あら御覧じよ軒端には 香りゆかしき梅咲けり

昨日駿河の戦に 里見の殿お討たせしは 順ひ行きし者共か

深く勢いとぞ思うぼされん 此れを見ながら我子らが

何れも生て帰りなば 今一しほのうたてしさ 

やるかたも亦無からんに 保つか親子兄弟の 討死せしこそ嬉しけれ

見給え梅も霜雪の 空をしのがずば 花は無し 人もくしんをなめてこそ 

忠義の誠あらはるれ 吉野の置くには此雪に 春待ち給う君ませり

(手事)

君いますぞや此君の 御ためにとて此だいじ 思い立つにし上からは

たとい百人千人の うからやからの攻たるとも 歎くは忠義のわざならじ 

いざくみ給へ酒ひとつ軒端の梅をみ魚に 吾は酌して参らせん

 

手元の資料に載っていない曲。

作られたのは明治時代だと思うけど、うちの業界は明治以降の作曲は「新曲」に分類される。

京都下派・津田青寛の師匠である松阪検校の作曲。

松阪検校といえば、

二代吉沢検校の四季の曲(「春の曲」「夏の曲」「秋の曲」「冬の曲」)の手事と替手の補作で知られる。

この補作については、京都をでれば賛否があるようだが、

個人的にはこの補作部分があったほうが好き。

吉沢検校の「屋島」も好きな曲だったし、

松阪検校の「楓の花」も大好き。

二人の共作で四季の曲はいっそう魅力的になったと思うよ。

それは私が京都系だからかもしれないけど、

松阪検校の補作部分があるからこそ、

それぞれの季節のやさしさもきびしさも、

両方とも対比で表現されてるな、と思ったから。

「楓の花」も平調子から中空調子への転調。

この感じは独特で好き。

筝の本手と替手があって、

ぶっつけ合奏をしたときには、

ぶっつけだったこともさりながら、

なかなかの緊張感だった。

こういう緊張感が箏曲三絃の魅力だと思う。

ここまでの露骨なかけひきは雅楽ではみられないように思う。

お嬢様の習い事の代名詞のように言われるお筝だけど、

蓋をあければこんなにアグレッシブなんだ。